2013.10月 取材

生誕100年を迎えた写真家・植田正治。
鳥取の植田正治写真美術館ではそれを記念して特別展が開催されています。

国立公園にも指定されている大山。その麓の大自然の中に建つ植田正治写真美術館は、高松伸の設計によるたいへん近代的な建築です。
ここには、鳥取で生まれ育ち、鳥取で作品を撮り続け、「砂丘での演出写真」で世界的にも著名な写真家、植田正治氏の作品が収められています。

美術館から見える国立公園大山。

今回は「生誕100年特別企画展 子どもたちの時間 植田正治とロベール・ドアノー」展(11月30日まで)が開催されている同館で、学芸員の北瀬和世(きたせかずよ)さんと、ドアノー作品の展示企画のコーディネートをされた佐藤正子(さとう まさこ)さんに、この展覧会の見どころ、植田正治氏とドアノーとの関係などについてお話をうかがいました。

植田正治氏の笑顔と美しいアプローチが出迎えてくれます。

まずドアノーと植田氏との関係性についておうかがいしました。「お二人はどこかで実際に会ったことがあるのでしょうか」という質問には「二人が会ったという記録は残っていません。しかし二人ともフランスで活躍していましたし、植田はアルル国際写真フェスティバルにも招待されたり、フランス政府から文化勲章も受けたりしましたので、フランスの写真界ではかなり名前が知られる存在になっておりました。恐らくドアノーは植田を知っていたし、同年代の二人はどこかですれ違っていたのではないかと思います」と佐藤さん。

ドアノーの作品に写っているのは彼の娘さんです。
ドアノーと植田氏の作品が対を成す展示室A。

植田氏より一つ年上のロベール・ドアノー(Robert Doisneau, 1912-1994)はパリ郊外に生まれ、パリの人々をとらえた写真で高い評価を得ました。ニエプス賞(1956年)、国内写真大賞(1983年)などを受賞、フランスの国民的写真家と言える一人です。かたや植田正治氏は1913年、鳥取県、現在の境港市に生まれ、いったん上京して写真を学び、19歳で郷里に帰り、写真館を開業しています。その後砂浜や砂丘での「演出写真」で世界的にも知られる写真家となりました。植田正治という名前を聞くと、この砂丘での作品を思い出される方も多いと思います。
その二人の展覧会のきっかけとなったのは、ドアノーのご遺族、植田氏のご遺族双方ともに写真に深い理解をもち、お互いの作家の作品を非常に尊敬し、両作家とも今回の展覧会のキーワードでもある「子ども」をそれぞれ被写体として多く残しているという共通基盤があり、一緒に展覧会ができないか、という意向が合致した、ということにあります。この展覧会では、ドアノーの作品は日本初公開のものも合わせて70点出展されています。

左が植田正治、右がドアノーのセルフポートレート。

では展示室Aから案内していただきます。
展示室Aは両氏の代表的な作品が並びます。植田氏の作品は<少女四態>が正面に並び、ドアノーの作品は<パリ市庁舎前のキス>から始まります。「<パリ市庁舎前のキス>これは子どもを写した作品ではないのですが、これを見ると、『あ、この人ね』とおっしゃる方が多いので今回は展示しています」と佐藤さん。一方の<少女四態>も非常に著名な作品です。これはパリのヨーロッパ写真館にも所蔵されていますが、実は日本ではネガもプリントも見つからず、幻と言われていた作品。「実は昔、植田正治と写真を交換した、という関西の方が作品を寄贈してくださいました」という驚きの逸話をお聞きしました。

それぞれの代表的作品。
左:植田正治<少女四態>1939年 右:ロベール・ドアノー<パリ市庁舎前のキス>1950年

そのようなお話をしていたところに、本当に偶然ですが「20年間植田先生のアシスタントをやっていました。今日は植田先生の形見のシャツを着て展覧会を見に来ました」という方がいらっしゃいました。郷里で作品を撮り続けたからこそ、没後13年でもなおこのように様々なエピソードが生まれるのでしょう。

自然光があたたかい雰囲気を生み出している館内では、お客様もゆっくりと写真を楽しんでいらっしゃいます。
植田正治<ボクのわたしのお母さん>1950年
植田正治<群童>1939年
ロベール・ドアノー<8つの風船>『1,2,3,4,5』より
1955年
ロベール・ドアノー『1,2,3,4,5』より
1955年

続いて展示室Bに進みます。ここは植田氏の作品が年代順に展示されています。雑誌に掲載されたもの、写真展に出展されたものなどが多数並びます。「植田は新しいものに挑戦することが大好きでしたから、現在生きていたらデジカメに飛びついていろいろやっていたでしょうね」と北瀬さん。展示作品を見ても、登場したての6×6のカメラで撮った作品や、「ソフトフォーカス風」に撮影したものなど様々な試みが見てとれます。そう言えばドアノーもいろいろと実験的な試みに積極的に取り組んだ写真家だったと言われています。こうした点は両氏の共通点だと言えるかもしれません。

植田正治 シリーズ<童暦>より
1959-70年
植田正治 シリーズ<小さい伝記>より 1974-85年

2階には展示室の間に、座って大山を眺めるスペースがあります。国立公園にも指定されている大山。この土地のシンボルでもあり、快晴の日には美術館の池に「逆さ大山」が見事に映るそうです。建築家高松伸の心憎い演出と言えるでしょう。この日はあいにくの曇り空でしたが、ここに来たお客様は皆さんその景色に驚きの声をあげて、大山のその美しさにしばし見入っていました。この美術館には、郷里を愛してやまなかった植田氏の気持ち、その作品の世界に添うような高松氏によって計算された美しさが随所に見られます。

晴れた日には手前の池にくっきりと「逆さ大山」が映ります。ガラスの演出によりさまざまな大山の景色を眺めることができる、開放的な設計です。

3階の展示室Cではドアノーの作品が展示されています。フランスのさまざまな場所での子どもたちの豊かな表情が時代を超えて話しかけてくるようです。ドアノーはとても恥ずかしがり屋でカメラを通しても被写体を正視できないほどだったそうです。そんな彼にとって子どもは気をつかわない被写体でした。そういった意味でも彼は子どもを多数写していたようです。

建築と作品が一体になっているのがこの美術館の魅力の一つ。長い階段の上からドアノーの「子ども」の作品が出迎えてくれているかのようです。3階展示室も柔らかな光の中でゆったりとドアノーの作品を鑑賞することができます。
ロベール・ドアノー<素敵な反射>1945年
ロベール・ドアノー 
<ニースの旧市街> 1945年

「この展覧会の二人の写真家に共通するテーマは何ですか、何を見てもらいたいですか、といった質問をされることが多いのですが、山陰とパリで二人の偉大な写真家が日常生活の中で写しとったものを楽しんでもらい、写真の楽しさや面白さをゆっくりと楽しんでいただきたいと思います。今はデジタルカメラで簡単に被写体を写すことができる時代ですが、写真はプリントの手法や加減でずいぶん違う作品が誕生する奥深い芸術です。幼い頃から写真という芸術に親しみ、愛好家が多いフランスでは、あまり著名ではない写真家の展覧会でもたくさんの人が訪れますし、誕生日の贈り物などに写真をプレゼントしたり、と絵画や他の芸術と同じようにもっと日常生活に溶けこんでいます。日本でももっと写真を皆様に見ていただきたいと強く願っています」と北瀬さんと佐藤さんが口を揃えておっしゃっていたのが印象的でした。

■MMMでは、11月は写真を特集しています。植田正治作品集やグッズなども展示・販売しております。合わせてお楽しみください。詳細はこちらへ。

 

学芸員・北瀬 和世(きたせ かずよ)さんからのコメント
今回の特別企画展は、植田とドアノーの作品のなかから、「子ども」をテーマに構成しています。自由な精神でとらえられた子どもたちは、愛おしさに溢れています。
日本初公開のドアノーが作った写真絵本『1,2,3,4,5 遊びながら数えよう』(1956年)の作品は必見です。パリの街や人々をとらえた写真家として知られるドアノーですが、愛娘らをモデルにした遊び心溢れるイメージの数々は、あらたな一面を垣間見せてくれます。

植田正治写真美術館

詳しくはこちらから→http://shojiueda.jp/

所在地:〒689-4107 鳥取県西伯郡伯耆町須村353-3
開館時間:9:00〜17:00(入館は閉館の30分前まで)
休館日:毎週火曜日(祝祭日の場合は翌日)、12/1〜2/末日は休館、展示替期間中は休館
入館料:一般800円(700円)/高校大学生500円(400円)/小中学生300円(200円)
※()内は20名以上の団体料金

 

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