2010.10.1(金)
旧外国人居留地などがあり、国際色豊かな神戸。
フランスゆかりの美術にもたくさん出会える街です。
今回は「神戸市立小磯記念美術館」を訪問。緑豊かな六甲アイランド公園の中にあり、神戸に生まれ、神戸で制作を続けた小磯良平氏の作品、約2,000点を所有しています。
学芸員の廣田生馬(ヒロタ イクマ)さんに案内していただきながら、小磯良平氏の作品に出会ってきました。折しもドガ展での《エトワール》に出会った今月、小磯氏の《踊り子》にも出会えたのです。

小磯良平氏(1903-1988)は東京美術学校卒業後、25歳からヨーロッパに渡り、そのうちの2年間をフランスで過ごしています。小磯氏本人の回想では、渡欧時には19点の作品を制作したようですが、現在のこの小磯記念美術館の展示ではそのうちの4点を観ることができます。(※時期により展示作品は入れ替わります。)

その中の1点、《青衣の女》は展示室に入ったとたんに、迫力を持って観る者に迫ります。フォービズムの影響を強く受けた作品であると言えますが、他の日本女性を描いた作品とは違う、この女性の量感と、少し挑戦的な目、そしてサテンと思われるブルーのドレスの素材感が、目の奥に強く焼きつく作品です。

隣の作品が《南仏ニース風景》。

そしてその横にたたずむ《南仏ニース風景》。小さい作品ですが、この作品に関する面白い話をお聞きしました。実はこれはニースではなくブルターニュの風景を描いたものであろうとの見解が最近有力だそうです。現在もこれとそっくり同じ形の海岸がブルターニュにはあり、しかも描かれている女性はブルターニュの女性が身につける民族衣装を着ているとのこと。そう言われてみれば確かにブルターニュの黒い民族衣装を着ています。
しかも実際のニースの海岸は昔も今も砂浜が広がっていますが、この作品には砂浜がありません。
「この作品名も《ブルターニュ風景》など、何か他の作品名に変わるかもしれません」とのこと。ここに足を運ばれたときに作品名が変わっていたら是非このお話を思い出して作品をじっくりと眺めてみてください。

そして、《踊り子》。9月18日から横浜美術館で始まった「ドガ展」ではオルセー美術館所蔵の傑作ドガの《エトワール》が来日したことで話題を呼んでいますが、今回私が観たかったのもこの作品です。

描かれているのは日本人のバレリーナで、小磯氏が日本に戻ってから描かれたものですが、パリ滞在時にドガの作品に触れ、ドガの《踊り子》に影響を受けたようです。ドガは実際に舞台や練習場で踊るバレリーナたちを描いていますが、小磯氏は常にアトリエで、静止しているバレリーナを描いた、とのことです。しかし、日本でこの時代にチュチュを身につけたバレリーナを描いていたなんて何と「モダン」な世界に生きていたのでしょうか。東京美術大学で美術を学び、裕福なクリスチャンの家庭で育ち(小磯氏自身もクリスチャンでした)、フランスにも留学し、そして何より進取の外国文化が根付いていた神戸という町が持つ独特の文化が、小磯氏のヨーロッパ的な趣味・思考に大いに影響したのでしょう。
そして、さらにこの小磯氏のヨーロッパ的な趣味を強く感じたのは、リュートを描いた作品を観たときです。

展示室を出て向かったアトリエには、作品に描かれたそのリュート(フランス語ではLuth)がありました。リュートはフランスでのバロック音楽を語る上では欠かせない楽器。ルネサンス期の絵画にはリュートが出てくる作品が多数ありますが、日本でリュートを描いた作品に出会ったことは驚きでした。実際に小磯氏がリュートを演奏したのかどうかはわかりませんが、私は実は初めて本物のリュートを目にしました。



廣田学芸員のお話しで非常に興味深かったのは、フランスで描かれた《青衣の女》はモデルを特定できませんが、日本で描かれた作品に描かれている女性は誰なのかが特定できるのだということ。《踊り子》のモデルは、比較的近年まで神戸で元気に暮らしていらっしゃったそうです。また、リュートを持っている女性は、のちの飛行機事故で亡くなられたそうです。そして小磯氏のご令嬢お二人も可愛らしい少女の表情で描かれていますが、現在も別々の場所ではありますが、元気に神戸で暮らされていらっしゃるとのこと。こういったお話を聞きながら鑑賞すると作品の中に描かれているモデルの表情さえ、全く違って見えてくることを改めて感じた廣田学芸員のお話でした。
いろいろお話しを聞きながら改めて小磯氏の生前のスナップを見ると、とても穏やかな人柄が伝わってきます。温かい気持ちになりながら、大変ゆったりとした気持ちで時間が過ぎた美術館でした。
日本では他には東京国立近代美術館、兵庫県立美術館、メナード美術館などで小磯良平氏の作品に出会えます。
「小磯良平氏は若き日のフランス滞在中に、“ヨーロッパの古典的な技法を歴史の浅い日本の洋画に根付けさせる”ということへの使命感を抱き、帰国後も長年にわたってそれを実践しました。モダンでさわやかな画風の裏に、このような努力があったことを作品一枚一枚から感じていただければ嬉しいです。」

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